保有してる近鉄系台車
数をチェックしたら・・・・・・・・
5月1日現在
日光 KD71 PL(プレーン軸)・・・・・・・・2両分
同 TR53 PV(ピボット軸)・・・・・・・・3両分
カツミ KD83 PL ・・・・・・・・2両分
同 KD83 PV ・・・・・・・・1両分
余剰台車
日光 KD38 PL ・・・・・・・・1両分
余剰分除いたらちょうど8両となります。
しかし2250系Tとか、2610系T台車流用車に使える
TR53が3台と言う数・・・・・・・・・・・・・
現状2250系は最大4両までが製作可能・・・・・・・
元々この系列は挫折の可能性もあるので
最低2両(Mc+Tc:2251+3121or3122+2251)
製作することも考えましたが
折角の特注車(2247)を活かせないので
2247(2248)+3021(3022)+2251
の組成で仕切り直そうかと・・・・・・・・・・
これに必要な台車は
M系2台分(KD71or83)とT系1台分(TR53)でいいのです。
2247,50形(Mc)計10両の台車は
名古屋線転入直前に新調されたKD78空気ばね台車に
換装されており、
捻出されたKD15(3次車Mc4両)
4両分を3020形(T)3両,3120形(Tc)1両に振り替えたのです。
2次車以降のT,Tc台車についてはそのままとされたようで
3次車Tc3両はともかく3122,3123がKD3のままで残されたのは
意外でした・・・・・・・・・・・・。
閑話休題
2621Fを流用台車形態で組成する場合は
M系2台分(KD71or83)とT系2台分(TR53)
因みに現行形態ですとM系4台分(KD71or83)
2814FにはM系2台分(KD71or83)
ここで成り行きとはいえ
余計なお金使うとか余剰台車を増やす選択肢を「阻止」する方向へ
動いたのは当然ですが・・・・・・・・・・・・・・・
◇ 名古屋で暮らした記憶を・・・・・・忘れない為に
4日の名古屋行き乗車中・・・・・・・・・・・・・

八田付近で閉鎖された大名古屋温泉跡地が容赦なく
なくなってる事実を突きつけられたら・・・・・・・・・・
自分にとって名古屋の記憶を鮮明に思い出させる
近鉄電車はその時代をわずかでも記憶してる形態に
したいのが本能と言うものです。
自分のように生まれた里でずっと暮らせず、転々としてた
ゆえにアイディンティティーに窮してた苦労が
ある限りはそれは尚更です。
おかげで4日は
雨やモノ無い無い尽くしだった為
早々に名古屋を撤収する羽目になったのですが・・・・
そうなると2621は台車振り替え前で決定ですね。
2250系については唯一クロス車乗った記憶が何と
湯の山線での事でして、
2251が含まれた3連であることも間違いないのですが
2247か2248か判ってませんでした・・・・・・・・・。
挟まっていた運転台が1箇所だったので中間車が3120でないことは
間違いないし、オールセミクロスであることも間違いありません。
ただ、この晩年近くの組成パターンの記録を見たら
2247は3021と共に1421と組んでいたことが多かったようですね。
2248は3022と2251とか・・・・・・・・。
そうなってくると・・・・・・・・・・・形態変更?
◇ KD71も83も特急系ですが所詮
同じシュリーレン系
目くじら立てるほど形態に拘る必要性は薄いと言うことです。
目立つ差異がある点といってもボルスターアンカー部分ペローズ真下の
□モールドが広いぐらいで
後は色塗ればほとんど差はなくなると思います。
むしろTR53に装着するブレーキシリンダーのほうが最優先
事項です。
カツミ動員してたのもアルパワーの台車枠装着時に
どうせ車輪不要になるなら車輪なしのカツミ買ったほうが
お得じゃない?
と言う動機でして・・・・・・・・・・・・・
その流れでカツミ大阪の在庫はなかなか悪くない事実を
突き止めたわけでして・・・・・・・・・・・
その状況に慣れきるとオソロシイもので、
真剣にカツミ台車探す自分居ました・・・・・・・(苦笑)。
残り1両はM車系PV軸が要るので
日光のKD71台車で充分であるとの事
何とか日本橋で確保できました。グランフロントは嫌いでないけど
JR大阪駅はあの混雑が大嫌いですから・・・・・・・
2800系に宛てる予定でしたKD83 2両分(PV,PL各1台)
は2610へ・・・・・・・・
KD83 PL1台に今回購入した日光のKD71PVを組み合わせ2814Fへ
で、2814Fに拘る理由は・・・・・・・・・・・
◇ 「記憶を刻んでる者」は心の拠り所・・・・・
それが建物や車両、キャラクターであっても・・・・・・・・・
2814Fは短期間ながら・・・・・・・・・・・・・
新製直後は名古屋線所属のようでした。
実はこの編成・・・・・・・・・・・・
名古屋線で一度目撃してまして
と言うのも当時は小学生低学年でしたが・・・・・・・・
ある日、同線がまだ冷房車率が圧倒的に低い時期に
何と八田駅に前面に方向幕装備した
冷房車2連の普通がやってきたのです・・・・
当時普通列車系で冷房化されていたのは1800系だけでしたが
まだ前面方向幕未装備状態でして・・・・・・・
1810系の冷房改造すら始まっていない状況では
この編成しか考えられないわけでして・・・・・・・・・
誠光堂の近鉄本での編成表を確認すると・・・・・・・・
やはり・・・・・2814Fの姿が。
2814のパンタは2250系より余剰1台と叡山デオ720用のパンタを
カツミPT42に振り替え捻出したエンドウPT42もう1台で
まかなえました・・・・・・・・・・・・。
あとはこれも銀に塗ろう。
これで最低限のお膳が整った・・・・・・・・・・
広電がうまく行かないわけです。いやうまく行かなかっただろう。
・・・・・・・自分は
想いを共感できる「モノ」を求めてるようです。
近鉄を超える為にはどんな形であれ向こうが歩み寄らないと
解決にならなかった・・・・・・・仲間も、相棒も組織も・・・・
自分のほうは、常に本気だと言うのに・・・・・・・・・
皆気付くのが遅いのだ。